仕事を辞めたい、そんな風に思ったことがない人というのは、きっといません。
しかし、世の中では仕事を辞めるという行為を「甘えである」と言って譲らない人も多く、ほとんどの人はその感情を隠して生きているものです。
しかし、本当にそれは甘えなのか?
甘えだと思われないようにひた隠しにするものなのか?
今回は、そんな仕事を辞めたい感情が、「甘え」の場合と「甘えではない」場合の違いについて紹介します。
スポンサーリンク
甘えとは何か?
そんなことから考えていくのはおかしいと思うかもしれませんが、しかしきちんと考えてみましょう。
はたして「甘え」とは何なのか、を。
怠惰である
まずこれはすぐに思いつきます。
つまり、朝早く起きることができずにずるずると二度寝を繰り返すだとか、ちょっと準備をすれば簡単こなせる仕事なのに、手を抜いて失敗する。
こういう状態は、「めんどくさい」という怠惰であり、やはり甘えといえるでしょう。
見通しが楽観的すぎる
たとえばこれも怠惰につながるものですが、朝起きないのも準備が足りないのも、見通しが楽観的過ぎるからです。
何の根拠もなく、「大丈夫、大丈夫」と高をくくり、結局大丈夫ではなく、その結果の不始末や不利益を他人に与えてしまう。
こういう、自分の周りの危機管理を楽観的な見通しで手を打たない。
これは甘えですね。
責任を取らない
そして社会人として一番大きな甘えが、これです。
なにか失敗したり、また、任された仕事で期待通りの成果を上げられなかった時に、すべてを環境や周囲のせいにして責任転嫁をはかる。
社会で働く社会人において、責任というのは言うまでもなく重いものです。
そのような責任を回避することばかりを考え、その責任を取らない姿勢は、正に甘えといえます。
スポンサーリンク
「仕事を辞めたい」は甘えなのか?
さてここから本題ですが、甘えというものは何かを考えたことで、仕事を辞めるにも甘えとそうでない場合があることが分かってきたと思います。
まずは、その二つに分けて考えましょう。
「仕事を辞めたい」が甘えである場合
「甘え」には次の3つの要素がありました。
・ 怠惰である
・ 見通しが楽観的過ぎる
・ 責任を取らない
この三つの要素をもとに仕事を辞めたいと思っている場合、それは間違いなく甘えといっていいはずです。
たとえば、次のような場合は甘えといえます。
・ 朝早く起きて仕事に行くのが嫌だから辞めたい
・ もっと今より楽な仕事があると思うから、(調べてはいないけど)辞めたい
・ いろいろ面倒なことが嫌だから辞めたい
「仕事を辞めたい」が甘えではない場合
それでは、上に挙げたような理由以外に仕事を辞めたい理由はあるでしょうか。
と、疑問形にするのもおかしいほど、それ以外の理由なんて本当にたくさんありますよね。
たとえば、「人間関係が合わない」とか「社風についていけない」といったメンタルな部分。
「給与が低すぎる」や「自分の能力が全く生かされていない」という待遇面。
もちろん、この他にも、「自分にはやりたいことが他にある」というのもあるでしょう。
こういった、しっかりとした理由や動機付けのあるものを「甘え」というのは少し無理がありますね。
甘えではない「仕事辞めたい」を放置するのは甘えである
ここまで考えるとひとつの事柄が見えてきます。
もしかすると、甘えではない理由で仕事を辞めたいと考えているのに、仕事を辞めずにただ耐えているというのは、甘えなのではないかということです。
変な言い回しですが、間違ってはいないと思いますよ。
怠惰である
仕事をするというのは、当然ながら人生の一大事です。
それであるにもかかわらず、明らかに仕事を辞めた方がいい状況なのに、それに対して何ら手を打たずにいるのは、これは怠惰です。
もし「仕事を辞めたい」と思っていて、それが甘えではなく正当な判断からくるものであるなら、仕事を辞めるためのアクションを起こさずにいるのは、甘えといわれても仕方がありません。
見通しが楽観的過ぎる
たとえば、このままずっと頑張って耐え忍んでいたら、この状況は好転するかもしれない。
そんな風に考えて、正当な理由で辞めたい気持ちを抑えて頑張っているとしたら、それは間違いなく楽観的過ぎる見通しに甘えています。
もしくは、いつかこの先、仕事を辞めるにふさわしい機会が巡ってくるだろうというのも、同じ。
根拠のない楽観的予測であり、そのためのリスク管理を怠り対策を講じないでいるようでは、甘えていると言われても仕方ありません。
責任を取らない
会社をすぐに辞めるのは会社に迷惑がかかる、そう思うのは社会人として立派な責任感です。
もちろん、社会人は社会に対する責任を持たなくてはいけませんが、人がまず責任を持たなければいけないのは、本人の人生、つまりあなたの人生に対してです。
自分にとってより良い人生の選択をし、そのために行動するのは自分の人生に対する責任。
もし、それを怠って、自分の人生を最良のものにする努力をせず、我慢しているのであれば、それは自分の人生に対する責任の放棄です。
ある意味、一番罪の重い甘えといえるかもしれません。
まとめ
言うまでもなく、甘えを理由にした離職願望は褒められたものではありません。
しかしながら、同じ理由で、仕事を辞めないことが美徳であるかのように感じて、辞めるべきなのに辞めないのも同様に甘えだということ。
いまはもう終身雇用年功序列の時代ではありません。
ひとつの企業に固執して勤めあげることは美徳ではないのですから、辞めるべき時にはきちんと辞めるべく行動する。
それも、甘えない人生の形です。
こちらの記事も合わせてどうぞ ↓